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漢方医学センター

コラムなど

男性不妊症と漢方(2023年12月)

東京医科大学病院 漢方医学センター 伊藤 正裕

 日本の少子高齢化が止まりません。昨年は一年間に約55万人の人口減少がありました。ちょうど鳥取県民または杉並区民がそのぐらいの人口なので、たった一年で鳥取県や杉並区が消滅する勢いということになります。人口減少の原因としましては、経済低迷、ストレス社会、多様的価値観による婚姻件数の減少に加え、加齢(晩婚化・晩産化)、様々な化学物質(農薬や防腐剤など)の体内への取り込み、そして電磁波への曝露などによる生殖障害が指摘されております。

 今日では、子供の誕生を望むカップルの7組に1組は不妊症に悩んでいると言われており、不妊カップルのうち男性側に原因があるとされる「男性不妊症」は全不妊症例の半数以上にも上るとされております。オタマジャクシのように泳ぐ極微の単細胞生物である精子が、精巣で作られ、男性性器内の導管を通過し、体外への射精にいたるまでの過程のどこかで支障が生じるのが男性不妊症となりますが、その原因の多くが精巣における「精子形成障害」であることが分かっております。ちなみに、精巣は男性の陰嚢に収まる左右一対の器官で、卵子を作る卵巣と対比するかたちで命名されましたが、昔は睾丸と呼ばれておりました。治療法としては、精子形成障害を引き起こす原因を取り除けばよいという流れになりますが、残念ながら、その精子形成障害の大半が「原因不明」であり、言い換えれば、治療が難しい「難治性」という現状にあります。今日までに、性ホルモンやビタミン剤などの内服療法が試みられてきておりますが、有用な治療法としての確立には未だ至っておりません。

 漢方医学的には、生殖機能は五臓(肝・心・脾・肺・腎)の中の「腎」が司り、精子形成障害は「虚症」であるので「腎虚」というものに相当するという考え方になります。したがって腎を補う「補腎剤」である「はち地黄じおうがん」という漢方が第一選択処方となります。また、同様に補う漢方である「しゃじんがん」、「ちゅうえっとう」なども代表的な処方として用いられております。しかし、実際には、これら漢方により精液所見(精子数、精子運動率、精子奇形率など)が劇的に改善して子供に恵まれる方もおられれば、改善が認められないままの方もおられます。漢方処方への感受性に対する個人差・個体差がとてもあると言えます。

 一方、同じ哺乳類の仲間でもあるネズミ(マウス、ラット)では、放射線照射または抗がん剤投与により実験的に作られた精子形成障害モデルに対して、「八味地黄丸」、「牛車腎気丸」、「補中益気湯」の精子形成に対する予防効果および治療効果が客観的に確認されております。したがって、先に述べました性ホルモン療法やビタミン療法と漢方との組み合わせ処方、あるいは、精巣内の停滞した血流を改善する作用をもつといわれる漢方である「けいぶくりょうがん」などとの併用で難治性の精子形成障害患者の精液所見を改善へと導く可能性は残されていると考えられます。

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