お知らせ
「肝がん」ナノナイフ治療 臨床研究に成功
2014.03.19
報道関係者各位
ニュースリリース
2014年3月19日
東京医科大学病院 消化器内科
「国内第1例目の ナノナイフ治療に成功」
~がんに対する新たな局所療法の登場~
「肝がん」に対するナノナイフ治療を日本で最初に開始
東京医科大学病院(新宿区西新宿6-7-1) 消化器内科は、2014年2月13日(木)に、日本で初めて「肝がん」に対するナノナイフ(不可逆電気穿孔法:Irreversible Electroporation)治療の臨床研究を開始いたしました。
ナノナイフ治療は、従来遺伝子実験に使用されている技術を応用したもので、患部に針を刺し、3,000ボルトの高電圧の直流電流を1万分の1秒という極めて短時間に流すことで、針の間にあるがん細胞を死滅させる治療法です。
今回、この治療法が東京医科大学の倫理委員会の承認を得て、「臨床研究」として行なわれました。
患者は60代女性。早期の「肝がん」:肝障害度A・腫瘍数1個・腫瘍径は3cm、
術後超音波検査、CT検査により治療効果が確認され、合併症もなく4日後の2月17日(月)に退院されました。
今後も、東京医科大学では、臨床研究に適合した症例を選んで、10例程度の患者さんに治療を実施していく予定です。
がん治療に対する局所療法の適応拡大に期待
現在、国内においてがんに対する局所療法は塞栓療法とラジオ波焼灼療法の2つが主流ですが、ナノナイフ治療導入の目的は、ラジオ波焼灼療法で課題となっていた、治療適応範囲の拡大と安全性の向上です。
①血管などの脈管に浸潤したがんやその側にあるがんへの適応(再発率軽減)
②臓器の側にあるがんへの適応(重篤な合併症の回避)
③臓器の表面近くにできたがんへの適応(腹膜障害防止)
④従来の局所療法より低侵襲(QOL向上)
が大きな特長です。
●ナノナイフの有用性について
ナノナイフとは、Irreversible electroporation (IRE)(不可逆電気穿孔法)という治療機器です。3,000ボルトの高電圧で、1万分の1秒という極めて短時間に直流電流を流すことによって、針の間にあるがん細胞にナノサイズ(1ナノメートル=10万分の1ミリメートル)の小さい穴を開け、がん細胞をアポトーシス(細胞死)に導く治療法です。
Electorporation(電気穿孔法)は、従来遺伝子の実験に使われてきました。培養細胞に電流を流して細胞膜に小孔を開け、それを通じて遺伝子を細胞内に導入するために用いられます。この場合は、遺伝子が細胞内で働かなくてはならないので、小さい穴はすぐに塞がって細胞は生き続けます。従って「可逆的な電気穿孔法」ということができます。
一方ナノナイフでは、孔が開いた細胞は元に戻らず死滅します。細胞の死骸はマクロファージという貪食細胞が食べて処理します。
臓器は、主に線維から成る「間質」と、細胞で構成される「実質」でできています。間質は臓器を形作り、酸素や栄養を運ぶ血管や、臓器で作られた(あるいは捨てられた)胆汁を運ぶ胆管などの管からできています。ラジオ波のような焼灼療法では、間質も細胞も熱で蛋白変性を起こし、ともに障害されます。
一方、ナノナイフでは細胞は死滅しますが、線維でできている間質は影響を受けません。
このため、肝がん、膵がん、前立腺がんの場合、それぞれ胆管(肝臓の胆汁を流す管)、膵管(膵液を流す管)、尿道(前立腺の中を通っている尿の通り道)は障害を受けず、がん細胞やその近くの正常の細胞など、細胞という細胞はすべて死滅します。したがって、ナノナイフはラジオ波に比べて、より安全で、治療後の機能障害の少ない確実な治療法ということがいえます。
血管も血液が流れる管の内側には内皮細胞という細胞に覆われています。また血管の壁の中には筋肉細胞もあります。胆管も内側には粘膜がありそれらはやはり細胞で構成されています。
ナノナイフによってこれらの細胞も死滅しますが、血管や胆管の壁自身は膠原線維などの線維でできており、血管が破綻して出血したり、胆管に穴が開いて胆汁が漏れ出たりすることはありません。血管内皮細胞や胆管粘膜は、2 日~14 日くらいで再生するといわれています。
血管の壁の内側には内皮細胞が、壁の中には筋肉の細胞がある(図の青色が細胞の核)。それ以外は線維でできている。血管にIRE の電流が流れると、細胞は消失するが、線維で構成される血管構造は保たれる。また、それらの細胞は速やかに再生する。
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また、太い血管の近くにあるがんは、ラジオ波治療で、がんの温度を上げようとしても、37℃の血液が流れているためがん組織の温度が上がりません。これを血流のheat sink 効果(冷却効果)と呼んでいます。血流による冷却効果のために、太い血管の近くにあるがんに対し、ラジオ波治療では再発が多いの
はそのためです。
太い血管や胆管、膵管の側にあるがんをラジオ波で治療すると、血管が壊れ出血を起こしたり、胆管、膵管が壊れ胆汁や膵液が漏れて強い合併症を起こすことがあります。
ラジオ波治療で再発が多く、強い副作用が心配される場所にあるがんでも、ナノナイフ治療がより有効で安全であると言われているのはそのような理由からです。
ナノナイフ治療の実際
ナノナイフ治療には、19 ゲージの太さで、15cm の長さの針電極を使います。19 ゲージは、外径1.1mm、輸血のときに静脈に刺す針の太さです。先端の電極部分は1cm から4cm まで、手前の絶縁部分をスライドすることで調節します。
ナノナイフの電極針(太さは19G、1.1mm 径)。先端の銀色の部分が通電する部分で、手前の金色の部分は絶縁体のシースで覆われている。先端の通電範囲は、シースをスライドすることによって1~4cm の長さに調節する。 |
2本から6本までの複数の電極針を使い、がんを取り囲むように刺します。肝癌の場合は超音波で見ながら刺します。膵癌の場合は、超音波やCT の画像を見ながら刺したり、手術で開腹して刺したりします。
2本針と3本針の場合の治療範囲。黄色い円はがん。3本の方がより球形に近く大きい腫瘍が治療できる。 |
電流発生器本体と心電図同期システム |
ナノナイフ治療風景 |
副作用
ナノナイフがラジオ波と比べて不利な点は、高い電圧で通電するために、針の間以外にも電流が流れることです。通電する瞬間に全身の筋肉のけいれんが起きます。そのため全身麻酔を行ない、筋弛緩剤を注射し筋肉の収縮を抑えます。また、心臓に電流が流れることによる不整脈を防ぐため、心電図を取りながら、不整脈が起きにくい心臓周期の「不応期」に電流を流します。 全身麻酔をすることは患者さんにとって治療中の痛みや不安を感じることなく治療できるので受け入れやすいことです。全身麻酔は手術室で行なわれるため、麻酔医やモニター、いざというときのための蘇生器具などが整備されていて、更に安全性が高いという利点もあります。 ナノナイフの術後の痛みは、ラジオ波治療の術後疼痛より弱いと言われています。これはラジオ波では組織が高温になり、いわゆる「やけど」をするわけですが、ナノナイフは温度上昇がなく、術後の炎症反応も弱いためです。 また、術後の体力の回復もナノナイフの方がラジオ波より早いと言われています。
●海外と日本の現状
東京医科大学病院で行なわれるナノナイフ治療が、日本では最初の治療になります。海外では、欧米を中心として2008年頃から臨床に応用されています。米国では2008年にFDAの医療器承認(510Kファイブテンケー)を取得し、現在50施設ほどで行なわれ、現在までに約2,500例の経験があります。
欧州では、欧州の医療器認証(CEマーク)を取得し、約1,000例の症例が本法で治療されています。
アジアオセアニアでは、台湾、香港、オーストラリアで始まっており、中国や韓国でも導入の動きがあります。
欧米で治療対象となっているがんは、肝がん、前立腺がん、膵がん、腎がん、乳がん、肺がんなどです。
日本では、現在先進医療の承認を得るべく準備しています。
東京医科大学病院では、施設の倫理委員会の承認を得て、先進医療に向けて「医師主導型の臨床研究」の準備が整い、2014年2月13日(木)に第1例目が実施されました。
●ナノナイフの将来性
ナノナイフの可能性を広げるキーワードは「他の臓器のがんへの応用」です。今後、ナノナイフ治療は「膵・肺・乳・前立腺がん」の分野での応用が期待できます。
ナノナイフ治療の臨床研究データを複数の医療機関で実施し、2016年度中の保険適応を目指し、今後もナノナイフ治療についての先進的な取り組みを推進してまいります。
以上
東京医科大学病院
経営企画・広報室 広報担当
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