DOCTOR`S INTERVIEW

自分の細胞で血管を再生
閉塞性動脈硬化症の新しい治療法

細胞・再生医療センター センター長

福田 尚司(ふくだ しょうじ)

こんな方に読んでほしい

  • 足の皮膚に炎症や、壊死を起こしている方
  • 今の治療に効果がなく、新たな治療を探されている方
  • 足の冷たさや皮膚のただれが起きている方

「再生医療」で、虚血による
足の切断を余儀なくされる患者さんをなくしたい

東京医科大学病院では、細胞・再生医療センター長で心臓血管外科の福田尚司教授を中心としたチームにより、閉塞性動脈硬化症のうち最重症例である重症下肢虚血の患者さんを対象とした自己骨髄由来培養間葉系細胞移植による末梢動脈疾患に対する完全自家血管新生治療法が、先進医療制度の承認を受けています。

50歳以上の男性に多い閉塞性動脈硬化症

閉塞性動脈硬化症とは、どんな病気なのでしょうか?

病名の中に「動脈硬化」とあるように、動脈硬化によって血管が狭くなる、あるいは詰まってしまう病気です。血管が狭くなると血液の流れが悪くなり、酸素不足や栄養不足によりさまざまな症状が現れます。 50歳以上の男性に多く発症するもので、4つの要素①糖尿病、②脂質異常症(コレステロール値が高い)、③喫煙、④高血圧 にあてはまる方は要注意です。実際に、多くの閉塞性動脈硬化症患者さんが糖尿病も持ち合わせています。
閉塞性動脈硬化症は下肢(足)に起こります。最初は足が冷たい、歩くと足が重だるい・痛い程度です。この段階でかかりつけ医に相談し、先ほどの①~④について治療を始めれば進行を遅らせることが可能です。しかし休むと痛みが和らぐため、放置してしまう人も少なくありません。次第に皮膚潰瘍(ひふかいよう:皮膚のただれ)や壊死(えし:血流が途絶えて腐ってしまうこと)と進行します。
足の調子が悪いなと感じたら、風邪などのついででもよいので、かかりつけ医に足を見てもらいましょう。痛みなく、腕と足の血圧を測るだけの簡単な検査で、血管の狭窄(きょうさく)・閉塞の有無が分かります。「血圧脈波」や「ABI検査」として人間ドックのオプション検査として受けられるクリニックも増えてきました。

閉塞性動脈硬化症は、どのように治療するのでしょうか?

原因となる病気の治療も同時に進めながら、運動や食事の見直しと禁煙、血液を固まりにくくする薬(抗血小板薬)で改善を図ります。これでも改善が見られない場合はカテーテル(細い管)を血管に通して、狭くなった血管を拡張させて血流を回復させます。狭くならないようにステントという筒状の金属を血管内に入れることもあります。それでも血流が戻らない場合は、血液が流れる別のルートを作る「バイパス手術」を行います。

糖尿病など基礎疾患がある患者さんでは、全身の健康状態がゆっくりと悪化しています。例えば糖尿病性腎症で透析を受けている患者さんの血管は、次第にもろくなっています。しかも痛みに気がつきにくくなる「感覚鈍磨」も起こりますので、気づかないうちに閉塞性動脈硬化症が進行している場合が少なくありません。ご家族や介護スタッフが、足が冷たくないか、皮膚がただれていないかなどに気をつけてあげると早期発見につながります。さらに進行してしまうと、残念ながら足の一部を切断せざるを得ません。重症化すると治療は難しく、1年以内に足を切断する割合は30%とも言われています。

翌日に歩けるほど負担の少ない新治療

足の切断はできるだけ避けたいですね

私はこれまでに足を切断せざるを得なくなった患者さんを数多く見てきました。足を切断すると外出しづらくなり、寝たきりなど病状が悪化してしまいます。精神面への影響も大きく、「足を切断する患者さんを何とか減らしたい」という気持ちが増すばかりでした。そこで私たちのグループは、自分の細胞を使って血管を再生する新しい治療法を開発しました。

どのように血管を再生するのですか?

治療は3段階に分かれ、それぞれ別日程で行います。①まず、患者さんから血液を200 cc採取し、血液に含まれる血小板を濃縮させた「培養液」をつくります。②次に、局所麻酔を行ったのち骨髄を10~20 cc取り出し、先ほどの培養液を使って骨髄に含まれる「間葉系幹細胞」を増やします。③最後に、血流が悪くなった下肢に培養した間葉系幹細胞0.5 mlを50カ所に筋肉注射します。念のため、腫れや発熱がないか確認のために投与後数日間ほど入院しますが、通常は翌日から歩けるほど負担の少ない治療法です。

間葉系幹細胞について、詳しく教えてください。

血管のほか、骨や筋肉にも変化できる能力をもつ「幹細胞」の仲間です。血管そのものを移植するのではなく、血管の元になる作用を持った幹細胞を移植して新しい血管を作る「再生医療」のひとつです。ニュースでよく耳にするiPS細胞も再生医療に利用可能ですが、iPS細胞は遺伝子を操作するためガン化のリスクが残ります。一方で、私たちが利用する間葉系幹細胞は、iPS細胞ほどさまざまな組織に変化できる能力は高くありませんが、ガン化リスクが低く安全性に優れています。また、細胞が増えるスピードも早く必要な細胞量が2週間で得られるため、下肢切断を避けたい患者さんの治療をすみやかに開始できます。

画像:細胞培養の顕微鏡写真 14日という短期間で治療に必要な細胞数が得られます

骨髄、血液とも患者さん自身の体内から取り出したものなので拒絶反応※が起きにくく、他の動物由来の薬も使用しないため、安心して治療を受けていただけるかと思います。

※拒絶反応:移植した組織や臓器の定着が妨げられ、排除されてしまう防御現象

自分の細胞を増やして筋肉注射するだけで、なぜ血管が再生されるのでしょう?

ひとつの考え方として、私たちの体はうまくできていて、血流が悪いと「血流を増やして」という信号(血管新生因子)が細胞や細胞から発信されます。その信号を間葉系幹細胞がキャッチして、血管へと分化することで血流を回復しようとします。体で起こる反応を利用した治療法です。

アメリカで出会った血管再生研究

この治療法はどのようにして開発したのですか?

ちょうど再生医療が注目され始めた2000年ごろ、当時アメリカ留学中に所属していた研究室が血管再生の研究を進めていました。「足を切断しない治療法が開発できるかもしれない」と直感し、日本に戻ってからも研究を続けました。若い頃は文字通り寝る間を惜しんで、昼に手術、夜に研究をする日々でした。厳しい法律を守りながら専用の細胞培養室を整備するなど、振り返ってみたら大変なことしかありません。しかし、言い換えれば全て自分たちの目の届く範囲で、大切に開発を進めてきました。助けてくれる優秀な仲間たちと諦めずに20年以上続け、2022年にようやく厚生労働省先進医療会議で承認されました。まさに私のライフワークです。

一日も早く、一人でも多くの方が治療を受けられるように

20年以上にわたる研究の成果なのですね。この治療は誰でも受けられるのでしょうか?

現在は「先進医療※」という、治療費の全額を公的医療保険の対象にするかどうかを評価するために、有効性を検証している段階です。通常の治療と同じ部分(診察、検査、入院料など)は保険診療、新しい治療に関する部分は自費診療の組み合わせとなります。また、先進医療は患者さん自身が希望し、さらに医師が必要と認めた場合のみ受けることができます。この治療は、閉塞性動脈硬化症のうち最も重症である重症下肢虚血の患者さんを対象にしています。従来の治療を試しても効果がない、あるいは実施が困難で今までなら足を切断するしかなかった20歳~80歳の患者さんが対象者です。

※先進医療:保険診療と自費診療の組み合わせが認められた特例医療。先進医療の技術料は公的医療保険が適応されないため高額ですが、医療保険の先進医療特約に加入している方はそちらの特約を利用できる場合もあります。(詳しくはご加入の保険会社にお尋ねください。)

治療の効果について教えてください。

5名に行った臨床研究での結果は、1年間にわたる経過観察において下肢虚血の重症度が改善し、皮膚の潰瘍も縮小するなど一定の有効性が見られました。また本治療が原因となる重篤な有害事象は起こらず、安全性も確認されました。入院期間を5日としていますが、これは安全性確認のためです。手術ではなく足への注射だけですから、体への負担も非常に少なく、基礎疾患がある方でも受けられる治療です。

最後に、今後の展望と治療を希望する方へのメッセージをお願いします。

先ほども申しましたが、現在この治療法は先進医療にあたります。公的医療保険の対象として承認を得るためには、さらなる有効性と安全性を証明して厚生労働省に申請が必要です。現在、合計50名の参加を目標に引き続き臨床試験を行っています。参加を希望される方は、かかりつけ医を通して東京医科大学病院までお問い合わせください(下記「本治療に関する問い合わせ」ご参照)。

閉塞性動脈硬化症は気づかないうちに進行し、放置すると足の切断を招く病気です。全額が公的医療保険の対象となれば費用の負担が大幅に軽くなり、より多くの方が治療を受けられ、足を切断せずに暮らせる未来の可能性が高まります。私たちは一日も早く皆さまにこの治療をお届けできるよう、チーム一丸で取り組んでいます。

本治療に関する問い合わせ

東京医科大学病院 細胞・再生医療センター

TEL:03-3342-6111(病院代表)

お問い合わせの際は「血管新生先進医療」とお申し出ください。

HP:https://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/saisei/index.html
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