他の臓器への転移がない患者さんで、がんを完全に治すための最初の治療を「初期治療」と呼びます。
初期治療には、手術、放射線療法といった局所治療と、薬物療法(抗がん剤治療やホルモン療法・抗HER2療法)などによる全身治療が含まれます。
どの治療を選択するかは、「がんの種類・性格(サブタイプ)」、「がんの進行度合い(ステージ・病期)」、「治療を受ける体全体の状態」を総合的に判断して、一人ひとりに最良と考えられる治療を選択しています。
手術治療
乳がんの手術には様々な方法があります。現在、乳房の手術には乳房を残す方法(乳房温存術)や、乳房を全部切除する方法(乳房全切除術)があります。乳房を全切除した場合には、乳房を作り直す方法(乳房再建)もあります。
また、わきのリンパ節へ転移しているかを調べる手術「センチネルリンパ節生検」や、最初からわきのリンパ節を全部摘出する「腋窩リンパ節郭清」があり、原則として乳房の手術と合わせて一度の手術で行います。
A乳房の手術
◆乳房温存術◆
乳房温存術はがんとその周りの正常な乳腺組織を、部分的に切除します。正常な組織は安全域として切除します。大きく切除した場合は乳房が変形することがあります。
また乳房温存術を行った場合は、術後に乳房内再発のリスクを避けるため、放射線治療を行います。
◆乳房全切除術◆
乳房内にがんが広範囲にある場合や、同じ乳房にがんが多数認められた場合などには、乳房全切除術が行われます。
大胸筋や小胸筋を残し、一部の皮膚と乳房を全切除します。胸筋を残す方法なので、手術の後にろっ骨が浮き出ることはありません。
Bわきのリンパ節の手術
1)センチネルリンパ節生検
「センチネルリンパ節」は、乳房内からがん細胞が最初にたどり着くリンパ節と言われています。センチネルリンパ節を摘出し、さらにがん細胞がいるかどうか(転移しているか否か)を、手術中に調べる一連の検査をセンチネルリンパ節生検と呼びます。
原則として、手術前に腋窩リンパ節転移がないと診断されている方が対象となります。
2)腋窩リンパ節郭清
手術前に腋窩リンパ節転移が診断されている方や、前述したセンチネルリンパ節生検でリンパ節転移がみつかった方を対象に行われます。腋窩リンパ節を一塊に切除する方法です。
<手術しましょう>と言われた時に
考えていただきたいこと
C乳房再建手術
乳房再建は、手術によって失われた乳房を再建する方法です。再建の方法や時期などは一人一人の乳がんの状態や患者さんの希望を考慮して、形成外科医と相談のうえ最適な再建方法を選択しています。
薬物治療
乳がんの治療薬は、近年数多く開発されており、乳がんの性格や治療の目的によって使用する薬が分かれています。薬物療法には、①化学療法②ホルモン療法③分子標的療法があり、術前・術後で使う薬の内容が異なります。
1化学療法
抗がん剤を使って治療する方法です。乳がんの化学療法は、1種類の抗がん剤を使うだけではなく、作用の異なる抗がん剤2~3種類を同時にあるいは順次投与する多剤併用療法が一般的です。
<術前化学療法>
手術が困難な場合や、腫瘍が大きいため乳房温存術ができない場合に、3~6か月ほど化学療法を行い、腫瘍を縮小させることを目標に行う治療法です。腫瘍が縮小すれば、手術や乳房温存術を受けることが可能になります。しかし十分に縮小しない場合もあり、その際は乳房全切除術が必要になります。
<術後化学療法>
早期の乳がんでは多くの場合、転移・再発を防ぐ目的で術後に化学療法を行います。術後に化学療法を行う目的は、体内の微小転移を死滅させることで、再発率、死亡率が低下することが報告されています。術後に化学療法が必要であることが明らかな場合は、術前から行うことが増えています。
2ホルモン療法
前述の通り、乳がんには、がん細胞の増殖に女性ホルモンを必要とするものがあり、乳がん全体の6~7割を占めています。このような女性ホルモンで増殖するタイプの乳がんに対しては、女性ホルモンの働きを抑える「ホルモン療法(内分泌療法)」の効果が期待できます。ホルモン療法が対象になるのはホルモン受容体陽性の乳がんの方です。また閉経前と閉経後では、体内で女性ホルモンが産生される経路が異なるため、使用する薬も別々のものを使用します。またこのタイプの乳がんは、女性ホルモンの産生を抑えることができれば再発の抑制が期待できるため、長期間の内服(通常5年以上)が必要になります。
3分子標的療法
がん細胞に特異的または過剰にあらわれる特定のタンパク質を、ねらい撃ちする治療法です。この療法は、がん細胞に選択性が高いため、従来の抗がん剤に比べて毒性が低く、また従来の抗がん剤と併用することによって、がん細胞の増殖抑制効果が上がります。
乳がんの場合、HER2というタンパク質が陽性の乳がんに対して、HER2をターゲットとするトラスツズマブやペルツズマブが使用されています。他には血管新生因子(VEGF)に対するベバシズマブ、さらに骨転移に対するデノスマブなどがあります。
放射線療法
放射線療法は、高エネルギーの放射線を体外から照射して、がん細胞を死滅させる治療法です。放射線照射を行った部分にだけ効果を発揮する「局所療法」です。
また前述の乳房温存術では、温存した乳房内の再発を減らす目的で、術後に放射線を照射することが推奨されています。
<放射線療法の開始時期>
乳房温存術後に照射を行う場合には、約1か月経って、手術の傷が落ち着いてから治療を開始します。
治療は放射線科が担当します。
治療は外来通院で受けることができ、照射そのものにかかる時間は1回あたり数分程度です。照射の期間は最短で16日間です(術後の病理結果によって期間が延長されることがあります)。
<放射線療法の副作用>
副作用は、照射を受けた場所に限られ、放射線が体に残ることはありません。
治療中や治療終了直後にあらわれる皮膚炎は、放射線療法終了後1~2週間経過するころに回復します。乳房温存術後に照射をした場合には、乳房全体が少し腫れて硬くなることや痛みを伴うことがありますが、数年以内にはおおむね回復していきます。
再発・転移治療
局所再発は、初発の乳がんと同様に、早期に発見できれば治癒を目指すことが可能です。通常は手術でがんを取り除き、必要に応じて薬物療法や放射線療法を行います。
遠隔転移の場合は、がんの進行を抑えたり、症状を緩和して、QOL(生活の質)を保つことを目標とする治療を行います。
治療の基本となるのは薬物療法で、初発のがんの性格(サブタイプ)に合わせて、治療薬剤を選択します。また骨転移がある場合には、デノスマブやビスホスホネート製剤を併用します。
最終更新日:2023年2月10日