前立腺がんの基礎知識

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前立腺がんとは?

前立腺は骨盤内にある臓器の一つで、恥骨の裏側に位置します。前立腺は精液の作り出しおよび分泌に関与する臓器であり生殖機能にとって重要な臓器です。この前立腺の上皮細胞ががん化し発症するのが前立腺がんです。
他の臓器のがんとは異なり、ゆっくりと進行するため、早期に発見できれば、他のがんに比べて治りやすいがんであるといえます。
現在、わが国において前立腺がんは増加傾向にあり、その進行度により様々な治療が行われています。前立腺がんは治療の必要のない早期がんから予後不良な進行がんまで存在し、その病期に応じた治療を選択することが重要です。

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患者数

前立腺がんは世界的に、非常に罹患率の高いがんです。特に米国においては男性のがんの中で罹患数は第一位、死亡数は第二位と多いがんのひとつとなっています。日本においても前立腺がんは増加傾向にあり、男性のかかるがんのうち第一位の罹患数になると予測されています。前立腺がんの増加の原因としては以下のものが考えられています。

1高齢化社会

前立腺がんは主に60歳以上に多く見られ、80歳以上は半数以上に潜在的な前立腺がんが隠れているとされています。世界的に平均寿命が伸長傾向にあり、高齢化社会となっている現在、前立腺がんも増加傾向にあります。

2食生活の欧米化

食生活の欧米化に伴い、動物性脂肪の摂取量が増え、これらが前立腺がんの発症に関与しているのではないかといわれています。

3PSA検診の普及

米国では、1980年代後半からPSA検査の急速な普及により、前立腺がん罹患率の急上昇がみられるものの、1992年以降、がん発覚後すみやかに治療が行われることから死亡率低下が持続しています。日本においてもPSA検診普及率が徐々に上昇してきており、それに伴い前立腺がんが発見される機会が多くなったといえます。

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症状

前立腺がんは早期の段階において症状を自覚することが少ない疾患ですが、進行すると排尿困難や血尿などの排尿症状を認めることがあります。さらに、進行した前立腺がんは骨に転移することが多く、その際に腰痛などの骨の痛みが出現することがあります。

前立腺がんの検査と診断

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検査

前立腺がんの診断のためには、前立腺針生検という方法で検体を採取し、病理学的にがんと診断する必要があります。まず、どのような患者さんに生検を行うかを判断するためには、スクリーニング検査が必要になります。
スクリーニング検査とは、前立腺がんの可能性がある人を見つけるための検査であり、採血検査によるPSA(前立腺特異抗原)を測定します。PSAは前立腺に特異的なたんぱく質であり、PSAが正常値を超える場合は前立腺がんが疑われることになり、数値に比例して前立腺がんの発見率が高くなる傾向にあります。

また、PSA値が高い場合には前立腺MRI検査を行います。MRI検査を行うことにより、前立腺の形状や大きさを画像で確認、前立腺内にがんを疑わせる所見があるかどうかについて評価することができます。PSA値とMRI検査所見の総合的な評価が、生検を行うかどうかの指標となります。MRI検査にて疑わしい病巣が確認された場合には、より精度の高い生検を行うことができます。

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診断

前立腺がんを診断するためには、生検による病理学的評価が必要です。
生検方法によってそれぞれ入院期間や麻酔法に若干の違いがあります。また、検査前に抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)の服用を中止する必要があるため、脳梗塞、不整脈などの病気で抗凝固療法を受けている方は、必ず担当医にお申し出ください。

1経直腸的前立腺針生検

通常、一泊二日の入院で行います。午前中に入院し、午後に検査を行います。経直腸的前立腺生検は局所麻酔にて行い、検査時間はおおよそ10~15分くらいです。肛門部から超音波の機械を挿入し、超音波ガイド下で、約12~16か所に針を刺し、生検を行い、止血を確認して終了です。検査後、発熱、直腸出血、排尿障害などの副作用について注意深く観察するために一泊入院し、翌日、特に問題がなければ退院となります。

2経会陰式前立腺針生検

通常、二泊三日の入院で行います。MRIにて前立腺がんの病巣の場所が腹側に近い場合や内腺領域にある場合などに、経会陰式針生検法を行うことがあります。肛門から超音波の機械を挿入することは経直腸的前立腺針生検と同じですが、会陰部の皮膚から生検を行うため、腰椎麻酔により手術室で行います。麻酔の影響で排尿が困難になるため、一日尿道カテーテルを留置します。翌日、体調に問題がなければ尿道カテーテルを抜去して退院となります。

3MRI-経直腸超音波融合画像ガイド下前立腺生検

血清PSA値が4.0~20ng/mlかつ前立腺MRI検査にてがんの存在が疑われる所見を有する患者さんが適応となります。
入院期間、麻酔法は先述の経会陰式前立腺針生検と同じです。肛門から超音波プローブを挿入し、超音波検査画像と事前に撮影したMRIを融合します。がんが疑われる個所を明確にし、そこに生検を行います。生検後は、採取した組織を顕微鏡で観察し、病理組織診断を行います。

前立腺がんの治療を決める因子

前立腺がんと診断された場合、治療方針を決めるためにはまず各種画像検査を行った後に、病期診断を行います。

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画像検査

CT検査:
全身を撮影して、多臓器への転移性病変や、リンパ節転移などの有無を評価します。

MRI検査:
前立腺のMRI検査を行うことにより、局所のがんの広がり具合を評価します。
(前立腺MRI検査は生検前に施行していることが多いです。)

骨シンチグラフィー:
前立腺がんは骨への転移を起こすことが多く、全身の骨をシンチグラフィーにて転移性病変の有無について評価します。

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病期分類

画像検査の結果を総合して病期分類を行い、一般的にはTNM分類が用いられています。

T: がんが前立腺の中にどの程度広がっているか、また隣接臓器まで及んでいるかどうかなどを表しています。
N: 前立腺からのリンパ液が流れている近くのリンパ節(所属リンパ節)へ転移しているかを表しています。
M: 前立腺以外の離れた臓器への転移(遠隔転移)があるかを表しています。

前立腺がんの病気分類

T1 直腸診で明らかにならず、偶然に発見されたがん
T1a 前立腺肥大症などの手術で切り取った組織の5%以下に発見されたがん
T1b 前立腺肥大症などの手術で切り取った組織の5%を超えて発見されたがん
T1c PSAの上昇などのため、針生検によって発見されたがん
T2 直腸診で異常がみられ、前立腺内にとどまるがん
T2a 左右どちらかの1/2までにとどまるがん
T2b 左右どちらかだけ1/2までを超えるがん
T2c 左右の両方に及ぶがん
T3 前立腺をおおう膜(被膜)を越えて広がったがん
T3a 被膜の外に広がっているがんに(片方または両方、顕微鏡的な膀胱への浸潤)
T3b 精のうまで及んだがん
T4 前立腺に隣接する組織(膀胱、直腸、骨盤壁など)に及んだがん
N0 所属リンパ節の転移はない
N1 所属リンパ節の転移がある
M0 遠隔転移はない
M1 遠隔転移がある
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リスク分類

早期前立腺がん(転移のない前立腺がん)は、3つの因子(T-病期、グリソンスコア、血清PSA値)を用いて低リスク群、中間リスク群、高リスク群に分けられます。グリソンスコア(Gleason score)は、前立腺がんの悪性度を表す病理学上の分類です。グリソンスコアが6以下は悪性度の低いがん、7は中くらいの悪性度、8~10は悪性度の高いがんとされています。

転移のない前立腺がんに対するNSSNリスク分類

低リスク 病期T1~T2a、グリーンスコア6以下、PSA値10ng/mL未満
中間リスク 病期T2b~T2c、グリーンスコア7、またはPSA値10~20ng/mL
高リスク 病期T3a、グリーンスコア8~10、またはPSA値20ng/mL以上
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病気およびリスク分類による治療のアルゴリズム

病気およびリスク分類による治療のアルゴリズム

前立腺がんのQ&A

Q-1

自覚できる初期症状はありますか?

早期の前立腺がんの場合、自覚できる症状はほとんどありません。健康診断や人間ドックなどでのPSA測定(血液検査)によるスクリーニング検査が早期発見の鍵です。また進行した前立腺がんの場合、骨などに転移を起こしていることが多いため、腰痛などの骨の痛みで発見されることもあります。

Q-2

男性ホルモンが多いとかかりやすいですか?

前立腺がんは、男性ホルモンが減少してくる50~60歳くらいから増加していることから、がんの発生は、単純な男性ホルモンの量の多さではなく、ホルモンバランスの変化によると考えられます。前立腺がんの罹患を心配される場合は、一度採血検査でPSA値を測定してスクリーニング検査をしてみるのが良いかと思います。

Q-3

遺伝はしますか?

前立腺がんの家族歴がある場合、前立腺がんにかかるリスクは通常の2.4~5.6倍に上がると報告されています。また前立腺がんに罹患するリスクの高い遺伝子や遺伝子変異も複数報告されています。例えば、2012年にJohns Hopkins大学の研究者らによって報告されたHOXB13G84変異という遺伝子変異は、前立腺がんの罹患リスクが20.1倍になると報告されています。

Q-4

前立腺がんと診断されましたが、手術しなかった場合どうなりますか?

前立腺がんは臨床病期(画像または身体所見からどれくらい癌が広がっているか)、グリソンスコアと呼ばれる癌の悪性度やPSAの値などから治療方針を検討していきます。手術のほかにも放射線療法や薬物療法(内分泌治療、化学療法)などの治療の選択肢があります。さらにがんの悪性度やPSAの値が低く、臨床病理学的に進行のリスクが低いとされる前立腺がんに関しては、PSAの値を外来で時々計測しながらの経過観察といった方法も選択肢としてあがります。

Q-5

手術する場合、入院期間はどれくらいですか?

入院期間は約10~14日間となっています。しかし個人差もあり、術後経過次第では入院期間が延長する場合もあります。

Q-6

手術後、後遺症と考えられるものは何がありますか?

術後、患者さんの生活の質に関係してくる後遺症は、『尿失禁』と『性機能障害』です。
『尿失禁』とは、自分の意思とは関係なく尿が漏れてしまうことです。正常な排尿機能は、膀胱が充満するまでは尿意を感じることなく尿をためること(畜尿機能)ができ、たまった尿を意識的に体外に排出すること(排尿機能)が出来ますが、前立腺がんの術後はこの排尿機能のコントロールができなくなり、尿失禁をきたします。ただし、尿失禁は徐々に改善していき、当院での経過観察では個人差はありますが術後3カ月で70~80%、6カ月で90%以上の人が尿漏れはほとんどなくなります。
『性機能障害』について、前立腺を摘除する場合、前立腺の左右に分布する勃起に関与する神経ごと摘除します。そのため術後の性機能障害が起こりますが、これらの神経を温存することも可能です。
しかし、生検の際にがんが検出された側やMRIなどで大きながんの存在が疑われる場合は温存しないことが多いです。なぜならこれらの神経は前立腺の左右にぴったりくっついており、温存する際にがんを取り残してしまい、再発の原因になってしまう可能性があるからです。よって、神経を温存するかどうか、左右のどちらかまたは両側を温存するかどうかは術前に患者さんと相談して検討するようにしています。

Q-7

手術後の尿漏れが心配です。どのようにケアしたらよいでしょうか?

尿失禁に対する効果的な方法は骨盤底筋体操です。骨盤底筋は骨盤の底にある筋肉で膀胱や直腸などが下がらないように支えている筋肉群です。このトレーニングは術後、病棟で看護師が指導しますので根気よく続けていただくことが効果的です。

Q-8

切除した場合、再発の好発部位はありますか?

退院後は約3カ月ごとに来院していただき、PSA値の測定を行います。術後、がんが完全に摘除されている場合は、PSA値は測定感度以下まで低下しますが、術後にPSA値が再上昇することがあります。通常、一度下がったPSA値が0.2以上まで再上昇した場合は再発を疑います。その際に、改めてCT検査や骨シンチグラフィーなどの検査を行いますが、特に再発した病巣がわかることは少ないです。しかし、PSA値が上昇した際に各種画像検査を行った結果、リンパ節転移や骨転移が出現していることもあります。

Q-9

手術後、リハビリにはどれくらいの時間がかかりますか?

退院後の生活は、手術前と比べ何も変わりません。しかし、2週間の入院生活で体力が低下していると思われますので、退院後は数日間自宅療養されることをおすすめします。また、退院後すぐに職場復帰しても問題はありませんので、ご自身で体調管理に留意していただければと思います。

Q-10

退院後、何か気を付けるようなことがありますか?

Q-11

前立腺がんの予防に良い食事や運動はどんなものがありますか?

ライフスタイルを改善することで前立腺がんの発症を予防できたという明確な科学的根拠はありませんが、生活習慣の改善が前立腺がんの予防に有効である可能性はあると言われています。食生活としては、高脂肪食や魚を摂らない食生活などが前立腺がんの発症リスクが高くなると報告されています。また近年は、喫煙との因果関係も報告されており、ヘビースモーカーは前立腺がんによる死亡のリスクが高くなると示唆されています。

Q-12

パートナーや友人が前立腺がんになりました。周りが気を付けた方が良いことはありますか?

前立腺がんは病理学的な悪性度やPSA値にもよりますが、一般的には進行が遅く、これまで述べたように治療にも色々な選択肢がありますので、きちんと病気と向き合って治療すれば根治する確率が高い病気です。しかし、患者さんは癌の宣告をされて精神的に落ち込んでしまうことが多く、治療について考える冷静な判断力がなくなってしまうことも珍しくありません。そこで周りの人が本人を精神的にサポートすることによって、病気というものの受容、治療への意欲の手助けになることと思います。

最終更新日:2023年2月10日

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