乳腺科 主任教授
石川 孝(いしかわ たかし)
形成外科 准教授
小宮 貴子(こみや たかこ)
こんな方に読んでほしい
「患者さん一人ひとりに」乳房再建プランをこれからも、私らしく生きていきたい患者さんへ
乳がんは女性におけるがん罹患(りかん)率1位ではあるものの、早期発見できれば予後は良好な疾患です。乳がんの治療法も日々進歩しており、治療しながら共に生きていける病気となりました。そのような背景から、乳がん手術後の乳房再建は患者さんにとって大きなテーマであり、ときに正解がわからず悩むこともあるでしょう。
東京医科大学病院では乳腺科(診療科長 石川孝 主任教授)と形成外科(診療科長 松村一 主任教授)がしっかりとタッグを組んで、形成外科の小宮貴子 准教授を中心とした乳房再建外来(専門外来)にて「患者さん一人ひとりの」乳房再建プランをご提案しています。
全切除の場合、ご自身の背中・おなか・太ももの組織を使って乳房を再建する自家組織再建と、シリコンインプラントを用いる人工物再建があり、ベストな方法は患者さんお一人ずつ異なります。
全切除までは必要でない場合、乳房を温存できる部分切除を選択します。切除が小さくて済むため体への負担は少ないのですが、部位によっては乳房の変形が目立ってしまいます。そのような場合は、切除と同時に周囲の組織でふくらみを補う『乳房温存オンコプラスティックサージャリー(OPBCS)』という新しい方法も取り入れています。
再建した乳房の腫れが引いたら、乳房再建の最後の仕上げとして乳頭と乳輪の再建を行って乳房の完全な形を取り戻します(詳しい方法を記事の最後にまとめています)。自家組織なら手術から1年後、インプラントなら3カ月後が目安です。乳房のふくらみは不要だけれども、乳頭・乳輪の再建は希望する方もいるほど患者さんの満足度が高い手術です。乳頭・乳輪の再建は、医療用タトゥー(自費診療)で繊細なグラデーションを施すなど、非常に細かい手技が求められるため限られた施設でしか行われていません。局所麻酔で済む日帰り手術ですから家庭や仕事への影響も少なく、これまで約1,500例の再建を行ってきました。
:乳がんの手術を含めた治療は乳腺科、乳房の再建は形成外科が担当していますが、根治性と整容性を考えた手術を行うためには病理診断科や放射線科も参加して毎週行われる術前症例検討会がとても重要です。確実に病変を切除することを前提として、患者の希望を考えた上で左右の対称性も考えて整容面でも満足度が高い手術を行うための方法を1例1例検討します。
乳房全切除の際の再建手術だけではなく、整容性を考えた乳房部分切除術は最近、乳房温存オンコプラスティックサージャリーとして進歩しており、当院でも積極的に取り組んでいます。1カ月に一度、乳腺科と形成外科の医局員全員が参加して、翌月の症例の術式の検討と前月の手術の振り返りを行いますが、その際に開発された新しい方法についての情報も共有しながら、よりよい整容性を目指しています。
:乳房再建の初診は1日に2人ほどの枠を設けており、お一人あたり30分ほどかけてゆっくりとお話を伺います。内容はライフスタイル、趣味、お仕事など多岐にわたります。
『なぜ、そんなことまで?』と思われるかもしれませんが、そこには理由があります。実は、患者さんが『どのような生活を送られているか』『優先したいことは何か』によって推奨される乳房再建の術式が異なるからです。片方の乳房を全切除した2人の患者さんを例に説明しましょう。
おひとり目は、バレリーナのAさん。バレエでは全身を使った伸びやかな表現力が求められます。シリコンインプラントなどの人工物は弾力がありつぶれにくいため、ぴたっとしたレオタードで踊るとインプラントの存在感が強調されてしまいます。また、インプラントは周囲の組織に固定され動きにくいため、左右同じ動きをしても人工乳房と自分の乳房では位置の左右差が生まれ、ダンスの協調した動きを表現しにくい可能性があります。そこで、Aさんは柔らかい乳房となる腹部の組織(脂肪と皮膚)を使った自家組織再建を選びました。腹部の筋肉を温存できますから、下腹部のインナーマッスルを使うバレエも続けられます。自家組織の柔らかい乳房で、のびのびとバレエを楽しまれています。
おふたり目は、バレーボールのレシーバーとして活躍中のBさん。しっかり踏ん張って相手からのアタックを受ける役目ですから、おなかや太ももは切りたくないとのご希望でした。アタッカーではないため背中の筋力はそれほど求められないことから、背中の組織を使った再建プランに決まりました。
このように、同じ全切除・自家組織再建であっても、その方のライフスタイルに合わせて個別に最適なプランをご提案いたします。
(*自家組織、人工物、乳頭および乳輪再建の合計件数。例として2022年の乳房再建数:自家組織再建38件、人工物エキスパンダー25件、インプラント26件、乳頭および乳輪再建30件)
それだけの件数をこなすためには、カンファレンスに留まらず事前のコミュニケーションが重要です。乳腺科の先生方ができるだけ治療に専念できるように、形成外科から積極的に問い合わせを行っています。『顔を見ない日がないのでは』と乳腺科の先生から言われるほど足を運びます(笑)。
乳がんの治療は進歩しており、私たちは日々情報をアップデートしています。手術だけでなく放射線治療や乳がんのタイプに合わせた薬物療法の進歩によって個別化治療は加速しています。乳がんと診断されたら、まずはご自身の病状に対する治療法として何が必要なのかを主治医にお尋ねください。乳がん=即手術ではありません。効果的な化学療法によって乳がんがすべて消失することも多くなってきて、化学療法から治療を始める患者さんが増えています。化学療法によって切除範囲を縮小させることができれば、きれいな乳房を温存することができます。
それでも整容面で問題が生じる場合には、当院では早い段階から再建について形成外科に相談していただきます。診断を告げられた直後に考えをまとめることも難しいと思いますが、乳がんの治療は慌てる必要はありません。我々と治療の方針を相談しながら、必要があれば形成外科の小宮医師から再建についての説明を聞いた上で、治療のプランを選択できます。最終的には専門知識を持った形成外科と乳腺科のチームで合同会議を行って一人ひとりの患者さんに最適な治療を検討します。
:私は乳房再建を専門に取り組みたくて形成外科医の道を選びました。医学部5年生の病院実習で最初に実習した科が形成外科でした。そのときに、乳頭・乳輪再建の手術を見学し、『なんて素晴らしい手術なのだろう!』と感銘を受けたのです。特に、何もないところから乳頭と乳輪が美しく生み出される様子、そして失った体の一部を再び取り戻された患者さんが喜ばれる様子は、20年以上たった今でも鮮明に覚えているほどです。この経験が乳房の再建に取り組むエネルギーとなって、より傷の目立ちにくい乳輪移植や、高さが保てる乳頭再建など、さらなる美しい仕上がりを探求しています。
その甲斐あってか、患者さんとの信頼関係も築けているように思います。再建術を受けられた患者さんから、『これから治療をする方たちに役立ててください』と再建後の多数の写真を当院に提供いただきました。この写真のおかげで、これから乳房再建をする患者さんが術後の様子を具体的にイメージでき、安心して再建に臨まれています。診療のバトンが患者さんの間で受け継がれているのです。
:乳がんは早期に治療を開始すれば良好な予後が望めます。また薬物療法の進歩によってこれまでは治癒が難しかった病状でも治すことができるようになってきました。ただ一人ひとり最適な治療は異なるので、まずはどのような治療が適しているのか主治医とよくご相談ください。手術から開始すべきか、薬物療法から開始すべきか、そして手術の際には形成外科のサポートが必要か、相談して納得して治療を開始すべきです。再建については切除した後、改めて考えることも可能ですし、再建しないというお考えも一つの選択肢です。私たちは患者さんの選択を尊重します。
:私たち医師にとっては日常の手術ですが、患者さんにとっては一生に一度のできごとです。予想もしなかった乳がんの告知に戸惑い、どの選択が最善なのか不安な日々をお過ごしと思います。私たちは乳腺科と形成外科の専門家としてそのお気持ちをしっかり受け止め、治療・再建の方針をご一緒に決定します。また、『以前、再建したけれども気になる点がある』『乳房の膨らみは再建したけれども乳頭・乳輪は作れなかった』等、すでに行われた再建についてのご相談も当院形成外科受付にご連絡いただけたらと思います。患者さんが笑顔で日常生活を送れるお手伝いができれば嬉しいです。
本治療に関する問い合わせ
お問い合わせ先 | 東京医科大学病院 形成外科 乳房再建外来 |
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TEL | 03-3342-6111(代表) 受診を希望される方は、形成外科外来へご連絡ください。 |
HP | https://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/keisei/gairai.html |
ご自身の背中・おなか・太ももを使って、乳房のふくらみを再建します。いずれも7日から10日間ほど入院が必要です。乳房の形や大きさ、体の脂肪のつき方を考慮してどの組織を使うか選択します。
東京医大の特徴は、乳腺科と形成外科で協力し、術前に切除乳腺の体積と自家組織の体積を計算し、体にぴったりのちょうど良い体積の再建を行っていることです。無駄なく自家組織を使うことで、体へのダメージを最小限にします。
エキスパンダーという皮膚を伸ばすバッグを乳がん摘出時に挿入し、その後、シリコンインプラントに入れ替えます。自分の組織を利用しないため、そのぶん体への負担を減らせる点がメリットです。
人工物再建を美しく仕上げるには、乳腺科医の人工物再建への理解と、形成外科医のインプラント選びおよび細やかな技術にかかっています。そして、人工物再建は長期的なフォローが日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会で義務付けられており、本学会の理事・評議員である私たちが、長期の経過診察を行いますのでご安心ください。
乳がんをとる際に、乳頭・乳輪を合わせて摘出した方に、再建をします。日帰り、局所麻酔で行えるため、患者さんの生活や仕事にも影響は少ないです。短時間の手術で、整容性(見た目の美しさ)が効果的に上がるのが、この乳頭・乳輪再建です。
術式には様々な方法があり、乳頭と乳輪それぞれ適切な方法を組み合わせて再建します。
両側再建が必要な方は、乳頭は局所皮弁、乳輪は医療用タトゥーがおすすめです。また、医療用タトゥーで、乳頭と乳輪を3Dアートのように目の錯覚で立体に見えるように染色することもできます。この3Dアートタトゥーは両側再建のみならず、片側再建の方で、手術はもうしたくないけれども乳頭・乳輪は欲しい、という方にもとても良い方法です。
・一般社団法人日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会
(http://jopbs.umin.jp/index.html)
※ 乳癌治療において根治性と整容性を追求する手術手技を乳房オンコプラスティックサージャリーといい、その目的を達成するために日本乳癌学会と日本形成外科学会が協力して、2013年4月に一般社団法人日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会を設立しました。